2008年03月03日
聖地ジョホールバル ラルキンスタジアムへ
やっぱり、日本サッカーのFANとしては、この場所へは巡礼しておかなければなりません。
一応、サッカーに詳しくない人に説明しておくと、ジョホールバルというのは、マレーシアの小都市で、日本代表チームが激戦の末、イラン代表チームを3−2で下し、史上初めてFIFAワールドカップへ出場する権利を獲得した試合を行った会場のある場所です。
いまから11年前の1997年、ヨモは高校三年生でした。
あれから、11年後、自分がここを訪れることになるとは、当時想像もしてなかったわけですが、まぁそれもまた歴史の必然です。
スタジアムはまだきっとあるだろうけど、そもそも中に入れるかどうかもわからない、という一抹の不安もあり、「まぁ、最悪はスタジアムって書いてある看板かなんかに写真収めてくればいいか・・・・」という感じで、とりあえずホテルからスタジアムへ行ってみました。
ホテルからタクシーで10分くらいだったのですが、運ちゃんに行く先を伝えてみたところ、
「お? テコンドーの練習か?」
ですって。
なんだか知らないけど、テコンドーの練習会場らしいですw
で、俺の訪問目的をちょっと説明してみたら、実は、運ちゃんもそれを覚えていました。
「対戦相手はイランだったかね? スコアは確か2−1だったかね? あの時は日本人がたくさんいたよー。うーん、そうだそうだ!」
って。
まあ実際には、スコアは3−2だったのだけど。
で、到着。
とりあえず、まず記念写真を一枚。
冒頭に書いたように、入れなかったら、どうしよう・・・・・と思ってたんだけど、なんと余裕で入れました。
そして、小中学生とおぼしき軍団が、なぞのお遊戯?の練習をしてましたw。
ああ・・・・・聖地がそんななのか・・・・
特に警備とかもないし、ピッチの周りのトラックにはランニングしてるひととかいるし、とりあえず、ピッチに恐る恐る近づいてみました。
さほど、芝は良好じゃないです。
で、誰も注意するひととかもいないので、聖地のピッチにお邪魔するこにしてみました。
そして、芝刈りしてたおじちゃんを捕まえてパチリ。
ここが岡野のVゴール現場です。イランGK:アベドザデが痛がってた現場でもあります。
この電光掲示板も見覚えがある人も多いかと思います。
なんか僕はここにいたわけじゃないのに、すごく懐かしい思いになりました。
なにか感慨深いものがありました。
日産スタジアムのピッチにも立ったことはあるけど、こっちのほうが遥かに格別の思いです。感無量。
わざわざ、この何もないこの街に立ち寄った意味がありました。
それにしても、あの第三代表決定戦、なんでこんなところで開催したんだろう・・・・。
では、おまけに動画もどうぞ。
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この記事へのコメント
日本と中東の中間地点だから。
時差は日本とマレーシアは1時間で、中東とはマレーシアは4か5時間だが、飛行時間は共に7か8時間。
アジア第3代表決定戦が一発勝負なのは、第3代表決定戦の敗者が当時オセアニアサッカー予選1位の豪州と大陸間プレーオフをホーム&アウェイ方式で戦う事が決定しており、その最終戦がFIFAが決定していたW杯地域予選期限ぎりぎりだった為。
マレーシアの会場ジョホールバル・ラーキンスタジアムに決まった経緯→
普通こういったビックゲームは首都クアラルンプール・シャーアラムスタジアムで行うが、
第3代表決定戦の開催国決定が遅くなった為(各国の思惑と予選の推移)、Mリーグ(マレーシアサッカーリーグ)の日程を入れてしまっていた。
それで、あの会場となった。
かなり、はしょったがこういう感じ。
本当はもっと紆余曲折(FIFAとAFCと各国の思惑と闘争)があった。
ぜひ、参考文献を読まれて詳細を知って欲しい。とても面白い。こういった裏側のドラマも含めてこそ最終予選だし。
参考文献:『アジア最終予選 サッカー日本代表2006ワールドカップへの戦い』(著:大住良之・双葉社)P202〜204、P300〜304
『アジアサッカー戦記 フランスW杯への長き道』(著:後藤健生・文藝春秋)
その書籍、おもしろそうですね。
日本に戻ったときに買ってみようと思います。
